起業前 / 学生時代から
16歳で海を渡る、その前に
15歳の孫正義が夢中になったのは、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』だった。自分の立場や生まれた場所にとどまらず、時代そのものへ働きかけようとする人物。その生き方に引かれたことが、渡米を決めた大きなきっかけだったと、孫は後年の講演で語っている。まだ会社も商品もない。最初に生まれたのは、自分の世界を広げたいという志だった。
16歳で日本の高校を辞め、米国へ向かう。ただし、その選択を、何も失うものがない若者の冒険としては描けない。本人の回想では、父親は病で倒れ、家族の暮らしにも不安があった。いま家に残って働くのか、学ぶために遠くへ行くのか。どちらを選んでも、目の前の誰かを心配させる。後の巨大な投資判断より前に、家族との距離を伴う最初の決断があった。
渡米後は勉強に打ち込み、やがてカリフォルニア大学バークレー校で学ぶ。ここでの留学は、立派な経歴を手に入れるためだけの時間ではなかった。日本にいるときには見えにくかった技術や商売の変化に触れ、何を自分の仕事にするかを探す時間にもなった。のちにソフトバンクという名前へ集約される構想は、この時点では、まだ発見と試行錯誤の連続だった。
若い孫を、その後の成功をすでに知っている人物として読んでしまうと、この時間の面白さは消える。大学生の彼には、将来の通信会社も投資ファンドも見えていたわけではない。それでも、新しいものを目にしたとき、それを単なる知識ではなく、自分が関わる未来として受け止める。その姿勢が、最初の出会いを事業の種へ変えていった。







