起業前 / 学生時代から
学校の外で、コードが動いた
中学生の堀江貴文が夢中になったのは、パソコンだった。久留米の中高一貫校へ通っていた時期に、画面の中へ命令を書き込み、自分の考えたとおりに動かす面白さを知る。本人の回想では、学校の勉強よりもプログラミングへ引かれていったという。出来上がったゲームを遊ぶだけでなく、仕組みを自分で作れることが、新しい遊びになった。
コードが正しくなければ動かない。だが、直せば動くこともある。この反応の速さは、成績や肩書きとは違う手応えをくれる。堀江は、教材用のプログラムを別の機種へ移す仕事を頼まれた経験も語っている。自分にとっての遊びが、他の人にとって必要な作業になる。技術が仕事へ変わる境目を、早い時期に経験していた。
その後、東京大学へ進学する。本人の学生時代についての話では、さまざまなアルバイトを経験し、コンピューターに関わる仕事を通じてMacやインターネットと出会ったことが、起業につながったという。大学へ入ったことだけでなく、大学にいた間に何へ触れ、どんな仕事をしたかが、後の道を左右している。
ここでの技術好きは、単に機械が詳しいという性格の説明ではない。自分で仕組みへ手を入れれば、利用する側の不便を変えられる。しかもネットを使えば、作ったものを離れた相手にも届けられる。中学生の部屋で完結していたプログラミングが、他人や企業の仕事とつながる条件が、次第にそろっていった。







